氷が溶けていく

部屋に入ると温かいお茶が置いてあり、触ると冷えた掌が解凍されていくように、じんわりと何かを取り戻した。今日の私はトイレに行く暇がなく、若干頭が痛い。脱水症状気味でやばいな、と思いつつ押してしまったミーティングの後に、夕方のすっかり暗くなった時間に商談にきた相手をだいぶ待たせたと思う。途中、前の商談が遅れているので、少しお待たせしちゃうと思うんです、ごめんなさい、と連絡をした。約束は17時からで、前のミーティングの部屋を出たのが17時15分すぎ。そこから諸々の荷物を持って、その商談に向かった。今日の商談は、相手が私のところに来てくれているだけ助かった。私は知っている。この男はいつも、私との約束の15分前にはきて、沢山のサンプルを全て袋からだし、整然と並べていく。商談の部屋の机に、まるでディスプレイのようにいつも綺麗に並べて。その様を見て、思わず血液型を聞いたことがある。完璧主義のA型なのではないかと思ったのだ。そして商談に遅刻することはない。だからこの日は、30分以上は待たせたことになる。お待たせして申し訳ございません、とバタバタと商談の部屋に入っていくと、その人はゆっくりとレストランで食事をした後に食後のお茶をいただいているかのような感じでのんびりと座っていた。小さなペットボトルが、私の分として席に置かれている。私が出す立場なのに、逆じゃないの、と笑った。なんで来客からお茶を出されるの?と笑いながら、思わず私の両方の手のひらで包んだ。「だってどうせ、トイレも行けてないし、水も飲んでないみたいな一日だったんじゃないかと思って。」この男は、いつだって図星で参る。
「あったかい」
思わず、心の底から出てきた言葉だった。

お茶はとても温かかった。

思わず、何かが緩んで、泣きそうになった。乾いた瞳に、涙が滲みた。

この日から、私の何かが溶けていく気がした。

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